一般化 Generalization
2014年8月20日付の日経新聞に「中国、根強い身分意識」と題する広東省広州市の日系自動車部品工場での中国人労働者に関する記事がありました。この記事では、工場管理部門の従業員は生産現場の従業員を「自分より下」とみて彼らと交流しようとしない、生産現場でも責任者に昇格するとすぐに部下に命令したり、なじったりするようになるという行動を捉えて、中国人は個人の上昇志向は強いが、現場の協力は弱いと結論づけられています。
現在、留学中のJ君が、ちょうど広州市に近い市の出身でしたので、この記事の内容を説明して、J君の意見を求めたところ、「広州市の日系自動車部品工場で働く多くの従業員は、貧しい地方からの出稼ぎ労働者が多い。だからどうしても個人の上昇志向は強くなりがちになるのではないか?広州市出身の地元の人がこの記事のようにふるまうことは多くないと思う」とのことでした。
中国は様々な文化を持つ民族の集合体である、との話を読んだことがあります。ある中国人の意見・行動を中国人全体の意見・行動へと一般化して結論を急いでは判断を誤る可能性があります(もちろんJ君の意見を広州市にいるすべての中国人の意見であると考えることも一般化に孕む危険を内在しています)。
もっとも、一般化された知識が物事の大筋を短時間で理解するのに大変役立つのも事実です。たとえば、英文契約書における各種の契約類型(売買契約、合弁契約、販売代理店契約)などはその例で、一般化されたひな形があれば、契約の大枠をすぐに作ることができます。あとは与えられた個別案件の条件にきめ細やかに対応すれば、当事者を要求を取り入れた契約書を完成させることができます。
上の記事に話を戻すと、広州のある工場の現場労働者の行動から一般的な中国人の気質を導きだそうとした点にやや無理があったのかもしれません。家族へ仕送りをするために地方から出てきた人がまず自分の賃金・立場を確保しようと考えることは当然のことであって、なにも中国人に限ったことではないと思われるのです。